ラテンの骨

ラテンの人達は、明るく陽気に墓場を歌います。死を歌います。
それは、メキシコの死者の日に始まり、スペインのフラメンコの詩にも、ファドの詩にも現れていますね♪
そういった部分が、自分の感覚とすごくマッチするので、私はラテンが好きなのです。
でも、そういう感覚って、本来キリスト教的な価値観があって、生まれるものなのかもしれませんね。
そんなわけで、日本では、なかなかラテン文化が浸透しません。
日本ラテン化計画とか、東京パリ化計画とか、随所で頑張っている人達を見かけますし、私も、日本にラテン文化を浸透させたい一人ですが、うーむ、やはり簡単ではありません。
手順的には、まず明るいラテンが浸透して、次にラテンの闇の部分が理解されるようになるのだと思うので、それまではやっぱり、私の詩や作品は、マニアックだとか、異端として扱われるのでしょう(笑)
あははは。
ちなみに、私の好きなスペインのことわざ。

「100年後には、誰もが死者」

善行を積んだ人も、悪行を積んだ人も、金持ちも、貧乏人も、幸せな人も、不幸な人も、100年後にはみーんな墓の中♪埋葬虫に喰われて、腐敗して。
だから、価値観なんて、幸せなんて、うつろい往くもので、あてにならないもの。
という意味に、あたいは解釈しています(笑)
あと、こんなフラメンコの詩もありますよん♪

「死んで10年たったのち、うじ虫共に喰いつくされたら、俺の骨にはこう書いてあろう、おまえを本当に好きだった、と」(ブレリアの詩)

素敵です♪
そうそう、私はそういったラテンに惹かれるわけです。

今日のスペイン語 意味 説明
エスカラバホ・カロニャ シデムシ 直訳では「腐ったカブトムシ」ですが