ファドの詩
私がファドを見つけて、それに関わった創作活動をするようになってから、実はもう10年以上経つという事が発覚(汗)
あははは。人の一生なんて、あっという間ですね♪
しっかし、ポップスでなく、カンツォーネでもなく、演歌でもなく、なぜ私はファドやフラメンコにこんなに惹かれるんでしょうね?
最近、その理由の一つとして、思いつくのは、その歌詞。
フラメンコや、ファドの歌詞って、単純に「愛の歌」じゃなくて、もっと、こう、哲学的なものが多いのですよ。
しかも、哲学の中でも、けっこう皮肉めいたやつが多い。
私は、人生の虚栄を表現する芸術・ヴァニタス(=古典美術の一ジャンル)だとか、悪党達のひねくれた哲学・ビカレスク(=古典スペイン小説で流行した一形式)なんかのラテン系の詩を作るのが大好きなので、そういう所で波長があったのかもしれませんねー。
あっ、もちろん、シャンソンの歌詞も哲学的で大好きだけれど、シャンソンはもっと情熱的。ファドの歌詞はクールというか、虚栄的というか、難解というか、そういった所が辛口で好きです。
日本のポップスの詩も、こういうのがあると面白いのにね。
以下、ファドの歌詞の日本語訳の一部。
ファドが呼ぶ時
何人も運命から逃れる事はできない
そして、それを歌い綴るのはファドだけなのだ
川岸のタベルナで私は歌った
魔女裁判の炎の中で見つけた私の歌を
何者かの意志なのか、偶然なのか
私の心は行ってしまった
逃亡したあげく、広場で焼かれ
失意の内に堕落したのだ
今日のフランス語 | 意味 | 説明 |
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トンペ | 墓 | 「落ちる」「死ぬ」という意味も持つ |